したがって,株式の払込みが無効であること自体の認識は,上
記各罪の故意があったというために必要不可欠なものとまではいえないと解さ
れる。
また,Aらの弁護人及びCの弁護人は,I銀行ないしT証券の関係者が払込
みの無効性を指摘しなかったことなどが被告人ら3名の故意ないし責任を阻却
させる旨の主張もしていると解されるところ,確かに,I銀行やT証券の関係
者が,本件における株式払込みのスキームの形成過程に深く関わって,ときに
主導的な立場にあったとみる余地すらありうるとはいえるものの,それらの銀
行等は,結局のところ営利を目的とする私企業に過ぎず,公に法令の解釈運用
の職責を負っているわけではないのであるから,その指示等に漫然と従ったか
らといって,被告人ら3名に,本件にかかる違法性の意識の可能性がなく,そ
の故意ないし責任が阻却されるものと認めることはできない。
5 以上を総合すれば,被告人ら3名には,いずれも,電磁的公正証書原本不実
記録,同供用罪の故意が認められる。
第5 結論
以上のとおり,本件における11億4680万円の株式の払込みは全額につ
いて無効であり,被告人らの故意も認められるから,被告人らには,判示のと
おりの電磁的公正証書原本不実記録,同供用罪が成立する。
(法令の適用)
被告人3名の判示所為のうち,電磁的公正証書原本不実記録の点はいずれも刑法
60条,157条1項に,同供用の点はいずれも同法60条,158条1項,15
7条1項に該当するが,被告人3名の電磁的公正証書原本不実記録と同供用の間に
は手段結果の関係があるので,いずれも同法54条1項後段,10条により1罪と
して犯情の重い不実記録電磁的公正証書供用罪の刑で処断することとし,各被告人
につきいずれも所定刑中懲役刑を選択し,その各所定刑期の範囲内で被告人Aを懲
役2年に,被告人Bを懲役1年6月に,被告人Cを懲役2年にそれぞれ処し,いず
れも同法21条を適用して,未決勾留日数中,被告人Aに対しては40日を,被告
人Bに対しては30日を,被告人Cに対しては30日を,それぞれその刑に算入し,
各情状によりいずれも同法25条1項を適用してこの裁判が確定した日から,被告
人A及び被告人Cに対し各4年間,被告人Bに対し3年間,それぞれその刑の執行
を猶予し,訴訟費用は,刑事訴訟法181条1項本文,182条により被告人3名
に連帯して負担させることとする。
(量刑の事情)
1 本件は,被告人らが,DのEを引受人とする第三者割当増資に際して,判示の
とおり共謀をし,株式の払込みを仮装した上,「発行済株式の総数」及び「資本
の額」について内容虚偽の登記申請をし,商業登記簿の原本として用いられる電
磁的記録にその旨の不実の記録をさせ,これを商業登記簿の原本としての用に供
したという電磁的公正証書原本不実記録,同供用の事案である。
2 本件犯行に至る経緯は上記「事実認定の補足説明」第2記載のとおりであると
ころ,被告人A及び被告人Bは,Dの経営改善に必要な資金調達をするために増
資手続を進めていたものとは認められるが,客観的にはその実現が困難な状況に
なっていたにもかかわらず,闇雲に増資手続を進めた結果,株式の払込みを仮装
して本件犯行に及ぶに至ったものといえ,会社の資金繰りが切羽詰まった状態に
あったことを踏まえても,その経緯や動機について酌量の余地は乏しい。
一方,被告人Cは,新株発行に伴う株価上昇による差益を得ようと考えて本件
増資を発案したものであるが,I銀行と協議した上で本件のスキームを考案する
など,終始主導的立場にあって本件増資を推進していたところ,結局,被告人A
らと同様の事態に陥って本件犯行に及ぶに至ったものであり,その経緯や動機に
ついても酌量の余地は乏しい。
そして,本件犯行態様は,関連会社について営業譲渡契約をしたり,個人投資
家や,払込取扱銀行以外の金融機関を介在させたりするなど,複雑なスキームで
増資を仮装するという計画的かつ巧妙なもので,悪質である。
また,本件で発行された新株は940万株(払込金総額11億4680万円)
とDの発行済株式総数の5割近くにも上る大量のものであって,しかも,本件当
時,Dが東京及び大阪の各証券取引所第2部に上場していたことなどからすれば,
本件犯行は商業登記簿に対する公の信用を著しく害したものといえる。
さらに,被告人3名は,いずれも,客観的事実関係については概ね認めている
ものの,故意の存在を否定するなどしており,十分な反省の態度がみられない。
以上のことからすれば,被告人3名の刑事責任は,いずれも軽くみることがで
きず,とりわけ,DないしEの各代表取締役として本件で主導的立場にあった被
告人A及び被告人Cの責任はより重いといわなければならない。
3 他方,被告人らが本件犯行に至ったことについては,増資手続についての法的
知識を十分に有しない被告人らに対し,アドバイザリー契約を締結していた証券
会社や株式払込取扱銀行の関係者が適切な言動をしなかったことなども1つの要
因であったと考えられること,被告人3名ともそれぞれその職を辞任するなどし
ており,一定の社会的制裁を受けているとみうること,被告人B及び被告人Cに
は前科がなく,被告人Aも業務上過失傷害により罰金に処せられた以外には前科
がないことなど,被告人らのためにそれぞれ酌むべき事情も存在する。
4 そこで,以上の諸事情を総合考慮して,被告人らを主文の刑に処し,それぞれ
その刑の執行を猶予することとした。