岩手県司法書士会
しかしながら,そのようなHの営業の客観的な
価格についての認識が欠如していたとしても,本件の営業譲渡に関するスキー
ムや営業譲渡契約の内容が希薄であることなどの事情だけで,Dに「実質的な
資産」が帰属しているといえないことは明らかというべきであるから,かかる
認識の欠如によって上記認定が左右されることはないものと解される。)。
2 質権設定に関する6億4680万円分の資産にかかる株式払込みの有効性の
認識について
(1) 関係各証拠によれば,上記1におけるのと同様,Eが払い込んだ11億
4680万円のうち6億4680万円分の預金債権に質権を設定するスキー
ムは,被告人ら3名の了解の下で実行されたことが認められるところ,かか
る預金債権が一般的に直ちに会社の資産として使用できないことは明白であ
るから,質権設定の事実を認識している以上,特段の事情がない限り,当該
預金債権がDの「実質的な資産」ではないことを認識していたものというべ
きである。
(2) これに対し,Aらの弁護人は,被告人A及び被告人Bは,Eないし被告
人Cの資金調達力を疑っておらず,Dの新株940万株を担保とする融資に
より質権が消滅するものと信じていた旨主張する。
しかしながら,既に2回の払込期日において出資が履行されず,しかも,
3回目の払込期日におけるLの出資金に関しても質権設定を要求されるとい
う状況の下,被告人A及び被告人Bにおいて,Eないし被告人Cの資金調達
力を疑っていなかったなどということはおよそ考えがたい。
そして,上記第3の3(2)アのとおり,Dの新株940万株を担保として
6億4680万円もの高額の融資を受けることが容易であったとはいえない
のであるから,かかる方策は当該質権を確実に消滅させることが期待できる
ようなものではなく,仮に被告人A及び被告人Bが,Aらの弁護人のいうよ
うに,Dの新株940万株を担保とする融資により質権が消滅するものと信
じていたとしても,それは客観的な根拠に基づかない願望的なものに過ぎな
いというべきであって,両名において,当該預金債権が「実質的な資産」で
あるものと認識していたということにはならない。
したがって,Aらの弁護人の上記主張は採用できない。
(3) また,被告人Cに関しては,上記第3の3(2)イのように,Wを介したX
銀行からの融資を期待していた節が見受けられるが,これについても,客観
的な根拠に基づかない願望的なものに過ぎず,当該預金債権が「実質的な資
産」であるものと認識していたということにはならない。
(4) 以上によれば,被告人ら3名は,いずれも,11億4680万円のうち
預金債権として質権が設定された6億4680万円分についても,Dの「実
質的な資産」ではないことを認識していたものと認定するのが相当である。
3 上記1及び同2によれば,被告人ら3名は,いずれも,Eが払い込んだ11
億4680万円全額分について,Dに「実質的な資産」が帰属していないこと
を認識していたものと認められる。
4 ところで,Aらの弁護人及びCの弁護人は,電磁的公正証書原本不実記録,
同供用罪の故意があったというためには,被告人らにおいて,さらに,株式の
払込みが無効であること自体を認識していたことが必要である旨主張する。
しかしながら,「実質的な財産」がDに帰属していないにもかかわらず,か
かる実態に反して,本件のごとく発行済株式の総数や資本の額が増加した旨の
事実を商業登記簿原本に記録するなどした場合,その結果,Dの株主及び債権
者等に誤った情報を与え,ひいては経済取引の安全を害するおそれもあるが,
「実質的な財産」に関する上記3の認識があれば,そのようなおそれがあるこ
とを意識し,それに対する反対動機を形成することは十分可能であるものとい
うべきである。